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大和五條・吉野地方の 柿の葉寿司 ─奈良県─

2014年08月24日

 私の住んでいる奈良は、まわりを山に囲まれ海がありません。栃木、群馬や長野など全国で8県ある内陸県といわれる奈良の郷土料理のひとつに柿の葉寿司があります。
 柿の葉寿司とは、一口大の酢飯にサバやサケの切り身を合わせ、柿の葉で包んで一晩押しをかけたお寿司です。奈良県でも特に山深い大和五條・吉野地方に古くから伝わる郷土料理です。

(写真提供:柿の葉寿司総本家・平宗)

山里ならではの魚の食し方

 海から遠く離れた山里で魚を使った郷土料理が育まれた背景には、山里ならではの理由があるようです。
 当時、吉野に運ばれてくる海の魚は熊野灘から伯母峰峠を越えて行商の背負い籠で運ばれてくるか、紀ノ川沿いに運ばれてくるかのどちらかでした。
 長い行程のため、「浜塩」といい魚の腹に大量の塩を詰めて傷まないように届けていたようです。
 吉野に届くころには十分に塩がまわるので煮ても焼いても塩辛くて食べられない代物だったといいます。そのため、その身を薄く削いで白御飯にのせて食べることを思いついたようです。また、その時期、ちょうど吉野地方では夏祭りと重なり、以後夏祭りのご馳走やハレの日に振舞われ、夏バテ防止に役立ったといわれています。
 当時の柿の葉寿司はいわゆる「馴れずし」でした。すし飯ではなく白御飯を用い、大きさもおにぎり程度(今の倍近く)だったようです。
 柿の葉でひとつずつ包んだら桶の中に隙間なく詰め込み、上からふたをして重石をのせ、寝かせます。三日ほどすると発酵が始まり御飯が糸をひき、サバの強い塩気も御飯全体に回り、酸味が生まれお寿司のようになります。昔の柿の葉寿司を現代の食卓へ出すと、独特の風味から腐っていると誤解されてしまうかもしれません。
 昔に比べ、魚の鮮度や塩分も減塩・薄味傾向が求められるようになり、やがて今の形へと変わってきたようです。ただ、昔も今も柿の葉で包むこと、一晩寝かせることは続いています。

柿の葉の特性

 大和五條・吉野地方といえば全国的な柿の産地で有名ですが、柿の葉寿司では葉を使用します。当時は香りに癖がなく、包みやすい大きさと強さ、そして何より身近にたくさんあったという理由から使用し始めたのでしょうが、図らずも、食味や保存両面 に適した特性を持っていたのです。
 柿の葉には高血圧を抑えるタンニンが多く含まれ、強い抗酸化作用があることが最近注目されており、柿の葉茶なども市販されているほどです。
 柿の葉には、自然の抗菌・防腐作用があり過剰発酵を防ぎサバの身をしめる効果や、包むことで乾燥を防ぐことからすし飯が固くなるのを防ぐ自然のラップとしての機能も果たしています。
 さらに、柿の葉の香りがすしに染み込むことでサバの臭みが中和され、塩サバのうま味とすし飯の甘みに柿の葉の香りがほどよく広がり、柿の葉寿司独特の上品な風味が広がります。
 このように「柿の葉で包む」ということはとても重要な意味を持ちます。時代や食べる人の好みに合わせて変化を遂げてきた柿の葉寿司ですが、最も大切な部分は変えず残してきました。

先人の食の知恵

 先人の食の知恵には感心させられます。
『細雪』など数多くの名作を残した昭和の文豪・谷崎潤一郎は、随筆『陰翳礼讃』の中で吉野の家庭料理として柿の葉寿司を紹介し、その製法や味わいを詳細に綴り、「東京の握り鮨とは格別な味」「或る意味でわれゝの想像も及ばぬ贅沢」などと絶賛しています。谷崎潤一郎自身、夏場に自宅で何度も作って食べていたようです。
現在の柿の葉寿司は、サバだけではなくサケ・コダイ・アナゴ・エビなど店独自にスシネタがあります。関西では主要駅などでも販売されています。サバの押し寿司とは一味違う柿の葉の風味豊かな柿の葉寿司を、機会があればぜひ一度ご賞味ください。