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《栄養士☆成功事例インタビュー》管理栄養士 椎橋聡子さま 【ワクワクする気持ちを大切に会社設立!!】第三部

2016年11月25日

《栄養士✩成功事例インタビュー》
株式会社Food Smile代表取締役 椎橋聡子さま 
“ワクワク”する気持ちを大切にして会社設立!!
~食を通して多くの人に感動を与えたい、という想いで
独立起業を果たすまでの道のりとは(第三部)~

栄養士✩成功事例インタビューの第5回目は、
株式会社Food Smile代表取締役・椎橋聡子さんです。

第一部では、椎橋さんが栄養士になったきっかけが、
おじいさんの病気だったこと、また、その時に抱いた想いを実現するためには、フリーランスでは限界があると感じたので会社を設立した、
というお話を聞かせていただきました。

続いて第二部は、栄養士になるために、まずは栄養士の専門学校に入った椎橋さんの卒業してからのお話でした。

最初に勤務した病院も、その次に入った保育園も、
それぞれ非常に大変ではあったようですが、幅広い業務を経験できたようです。
しかし椎橋さんは、やりたいことを明確に持ってその職場を選び、
そのやりたいことをある程度達成してから、次の職場へと移りました。

3つ目の職場となったベンチャー企業も、椎橋さんの常に前へ進みたいという意欲や、
自分を成長させたいという向上心による新たなチャレンジだったに
違いありません。

そのベンチャー企業で、それまでの職歴の中では1番長い4年という期間を
過ごした椎橋さんですが、またもや次の目標のため、ベンチャー企業を辞めます。
次の目標とは、「管理栄養士」の資格取得でした。
人生で一番だという猛勉強をして、見事に「管理栄養士」の資格を取得します。

そして第三部では、晴れて「管理栄養士」となった椎橋さんが、
新たなスタートを切ったところからはじまります。
それは同時に組織を離れ、フリーランスとしての活動の出発でもありました。
はたして、その活動とは――。

さらに、フリーランスとして活動を経て、会社設立に至るまでの経緯や、
その際の心境などを、第一部でも触れましたが、第三部ではもっと深く踏み込んで聞き出します。
そこには、意外なこともありました。
知りたいですよね、椎橋さんの意外な心境。乞うご期待です!

●フリーランス時代の経験

※今回も学習院女子大学名誉教授の江口泰広氏とショクライフ麦島健生との
対談形式でインタビューを行いました。
臨場感を大切にお届けしたいと考え、対談形式の構成となっております。


江口先生;
第二部では、「管理栄養士」の資格を取得するまでのお話でした。
ここからはそれ以降のお話を伺いますが、
資格受験のためにベンチャー企業を辞めたわけだから、
このときはフリーランスですよね?

椎橋さん:
はい。フリーランスといっても、最初はアルバイトの掛け持ちのようなものでした。
仕事は前職から引き継いでいるものもあり、新たに紹介してもらった仕事もありました。

麦島コンサルタント:
椎橋さんの場合は、前職での経験がすごく大きかったんじゃないか、
と見ていて思います。

椎橋さん:
そうですね、前のベンチャー企業で運営側としてサポートしていたスクール事業は、
自分が教える講師としての場を与えてもらい今も続けています。
運営側と講師側の両方の立場を経験できたことは、仕事をする上で色々な視野でそれぞれの立場の気持ちや考え方が理解できたので、大変勉強になりました。

江口先生:
そうか、だとしたら、ベンチャー企業でやっていた仕事についても聞かなくちゃ。そこでは何をしていたんですか?

椎橋さん:
入社したときは運営部という顧客管理やスクール運営、イベント企画・運営を
る部署に配属されました。
その後はマネージャーとして部をまとめるマネジメントにもチャレンジさせてもらったり、新規事業の立ち上げに携わったりと、本当に多くの経験をすることができました。

当時はがむしゃらに働いていて失敗もたくさんしましたし、
周りにもたくさん迷惑をかけたと思いますが、経験がなかった私にそういった場を与えてくれた会社には今でも感謝しています。
今わたしがこういった働き方ができているのも、ベンチャー企業での経験があったからこそだと思っています。

江口先生:
フリーになってからの新しい仕事はどうしていたのですか? 
仕事って、最初の接点で決まるから、そこは大事なところですよ。

椎橋さん:
フリーランスのはじめは、行政の仕事からでした。
通常、行政のお仕事には簡単に携われないと思いますが、ここは運よく知人の紹介により保健所働くことができました。
保健所では健康に配慮した食事を提供している飲食店を増やすために、地元の飲食店を回り献立の調整やアドバイスなどを担当させてもらっていました。

そのほか健康増進施設で区民向けの健康サポートも行っていました。
料理教室やセミナー、イベントなど医師・保健師・運動指導士など他業種の方と協力しながら仕事ができる環境だったので、大変勉強になりました。

今は人前で話す仕事を多くさせてもらっていますが、
初めは人前で話すことすら難しかった私が、ここでの経験でたくさん場数を踏ませてもらい克服し、
現在の仕事につなげることができたと思っています。

●起業のきっかけと気持ちの変化

江口先生:
そう、仕事はとりあえず受けちゃうこと。
何でもチャレンジすることで道が開けるので、これはすごく大事なことです。
それから、椎橋さんの人柄も明るくてよかったんでしょうね。
その後何をきっかけに起業をしたんですか?

椎橋さん:
起業する前後は自分の中で色々なことがうまく進まず、かなり葛藤していた時期でした。

フリーランスの時期にかなり多くの職場で幅広く仕事をする中で
「こうしたらもっといいのに」「これをやってみたい」というアイディアが生まれていました。
でも、それぞれの職場で歴史や慣習がある中で、良いとわかってはいてもなかなかそのルールを変えることは難しかったりします。
世の中の「不(不都合・不要・不便等)」の問題を見つけ出し
、それを交通整理してスムーズに動かす(=食の世界の社会問題・健康問題も解決)ことに興味があったので
しばらくはそういったことができる転職先を探していました。

ですが、なかなかこれだ!と思う企業が見つからずモヤモヤ(自分への悔しさ)ばかりが大きくなるばかりだったので、
この気持ちを払拭するためには自分でやるしかないと思い、
「勢い」で会社を設立しました。

江口先生:
なるほど。椎橋さんが言う「勢い」というのは、自分の気持ちを持ち上げるための「勢い」だったんですね。

椎橋さん:
そうですね。
もやもやしたマイナスの気持ちを自分の行動でプラスの気持ちに変換させました。

江口先生:
あらゆるモチベーションの中で、一番強いのが“悔しさ”です。
でも、悔しいだけで終わっちゃう人や、悔しさに負けちゃう人も多い。ところが椎橋さんはそうじゃなかった。
悔しさでマイナスの気持ちをプラスの方でバーン!と持っていくだけの力があった。
若さや、社会を知らない良さもあったんでしょうね。
それと、未来に対する意識ですよ。
先ほどの“悔しさ”にしても、自分の未来に危機を感じたからこそ出てきた気持ち。
それがないと、過去に引っ張られてもう嫌だ、となる。

もうひとつ言えば、過去の累積もあるでしょう。
椎橋さんの経歴を聞いていると、前職で得たものを、次の職場で発揮していますよね。それは、その時その時の職場でやるだけのことをきちんとやってきているから。
素晴らしいことです。
やってきたことに無駄がないですよね。

椎橋さん:
ありがとうございます。
苦しい時、つらい時は気が付きませんが、
ふと立ち止まってみると過去の経験がすべて
糧になっていると感じることはよくあります。

「人生に無駄な経験はない」本当にその通りだなと感じますし、
過去に出会った人から色々なことを吸収させてもらえたと思います。

江口先生:
そうそう、感謝の気持ちを忘れない。これは仕事というより人間として大事なことです。僕はあんまり人に感謝することはないけどね(笑)。

●第4部へ

椎橋さんの(第三部)はここまで・・・
第一部では、起業したのは、フリーランスで限界があるが組織として会社を立ち上げれば、
個人の時よりも多くの人に食で感動を与えられるアプローチができるから、
というような話をしてくれた椎橋さんですが、
実はその「勢い」とは、決して明るく前向きなものではなかったことに驚きました。

むしろマイナスになっていた気持ちを、なにくそ!とプラスに持っていくための「勢い」だったんですね。

そして、その「勢い」の原動力となったのが
、“悔しさ”だった、ということを知って、感銘を受けたような気がします。

椎橋さんと同じように、気持ちがもやもやしたり、悔しい思いをしたことは誰にでもあるはずです。
でも、そこで椎橋さんのように、悔しさをバネにして跳ね返せる人がいます。
一方、江口先生が仰るように、悔しいだけで終わったり、悔しさに負けてしまう人もいます。
その差は天と地ほど大きいですよね。
あなたはどちらの人ですか? 
我が身に置き換えて考えてみれば、大変身につまされるお話をありがとうございました。

第四部では、椎橋さんの現在の得意分野について伺います。